2013/12/28

年の瀬二〇一三 / まさにエンドレス!続・サマーチルドレン2

散々8mmきゃっきゃとか騒いできましたが、
もちろん別にカメラに限った話ではないけれどもデジタルものもだ〜い好きよ。これも昔からね。新しいものや技術は人の心をときめかせるのが得意ですもの。

というお話、これも続きものですので、最初からどうぞ♥

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フィルムはアナログで、目に見えて、手に取れる物質だけど、
デジタルは情報で全くの別物だということは言うまでもない。
だから当然のようにどっちにも良し悪しがって、それらは覆ることがないけど、そのふたつをミックスするのはこれまた別の話だと思っているし、わたしの作品づくりのテーマのひとつであることは確かだ。どっちも好きなんだからしょうがないわよね。簡単にいえばいいとこどりしたいというか。欲張りなのねあたしって。

とは言え同じフィルムとデジタルのミックスというテーマにしても、ハラフロムヘルのクラスメイトと、偶然の産物のThe Sleeping Beautyと、この笹口騒音コンピューターのENDLESS SUMMER CHILDRENではそれぞれプロセスが違う。

クラスメイトは完成の時の日記にもチョロっと書いたけど、あたしが初めて8mmでつくった映像作品の完成形をみたい、というような漠然とした願望?がずっと心のどっかにあって、それが彼らに出会ったことで形になったんだと思っている。
偶然の産物のはまさしく偶然の産物で、三浦の彼がフリーダウンロードの曲を公開したタイミングと、あたしがオーストラリアへ来てから撮っていた大自然モノとかで何かつくりたいなと思っていたタイミングが重なって出来た。数日前にちょうど近所の家のクリスマスイルミネーションを撮っていてまさにバッチリのタイミングだと思った。もともと偶然の産物とは何か一緒にやりたいと思ってはいたけど、そのために以前から撮っていた映像だけでは実現しなかったわけだ。
笹口騒音コンピューターにしてもしかり。
どれもやっぱり音楽、曲からインスパイアされているというのは同じだけど、それぞれベクトルというか、作用するところとか範囲とかは違っていたりする。

もうひとつアナログ・デジタルの対比で言えば、写真のアナログ・デジタルと映像のアナログ・デジタルの対比もまた同じでは無くて、写真で言えばFacebookのかわりにインスタグラムをSNSとして使うひとが増えてるっていうのも、みんな大好きチェキが進化し続けるのだって、かたやデジタル、かたやアナログだけど、わたしは人々のもつフィルムルックへの愛着抜きには語れないと思う。
チェキなんかは第一にその場で現物の写真になって手元に残ることがもちろん最大の魅力なんだろうけど、もしその写真がデジイチとまでは言わないまでも、iPhoneの標準カメラで撮ったような画で浮かび上がってきたら、一気にあの生々しい魅力は損なわれるだろうし、インスタグラムはまさにそういったフィルムルックのエフェクトを数多く組み込むことで今や新しいSNSとしての地位すら築いたのではないでしょうか。それだけでは無いのは百も承知だけど、要因としてはかなり大きいと思っている。

デジタルのハッセルブラッド(400万くらいのもあるね)を使ってスタジオで撮った写真も、フィルムの大判を担いで山登って撮った写真も、使い捨てカメラ(数百円で買えるね)で撮った日付入りの写真も、全部が鮮明でくっきりした群衆の写真も、ボケてブレてくすんだ海の写真もどれもいい。アナログは好きだけど、フィルム写真の方が優れているなんて言う気はさらさら無い。どんな表現形態でも好きな写真は好きだ。

では映像はというと今の時代はとくに写真のそれよりも大きく 限りなくデジタル寄りだと思う。Youtubeを見てDVDの映画を見るようにそもそも映像=デジタルという考え方のほうが主流でしょう。今どき街中でフィルムカメラを構えてる人は少なからずいても、ビデオカメラや、ましてや8mmフィルムカメラを回してる人なんていない。

映像はいわば連続写真なわけだから、作品をつくるにあたって編集によって加工できるマージンがあらゆる面で写真とは比べ物にならないほど大きい。
フィルム=アナログにこだわらなくてもフィルムルックは手に入れられるし、むしろそれ以外の素晴らしくてナイスチョイスな映像表現の可能性は無限と言ってもいい。

それでも先に言ったように多くの人がフィルムやアナログや、いわゆるレトロやノスタルジックというような感覚、質感なんかへの愛着、親近感があって、わたし自身もまさにそうだ。
そしてわたしは映像においてデジタルはデジタル、フィルムはフィルムと明確に区別したい。
ミックスうんぬんというのも、これを大前提としている。と思う。
ここで言うミックスというのは単にどちらも使うということではなく、お互いに一番ぐっとくるような表現を目的に応じて使い分けることだと思う。映像はビジュアル、見た目が全てなのだからフィルムはどうしてもフィルムじゃなきゃ意味が無いし、デジタルはどうしてもデジタルじゃなきゃダメだという具合に。
あたしの愛するフィルムの質感をデジタルで再現することなんて宇宙が無くなっても不可能だから、わたしはフィルムを使い続けたい。好きなんですもの。

直接は関係ない話になるけど、既存のものを二次加工する人たちのセンスには毎回度肝を抜かれるし好きだけど、今のところそれはその道の方たちに任せたい。みんな頭のつくりおかしいよ!なにそのマッシュアップ みたいなの楽しい。ヒントをもらうこともたくさんあるし、やりたい気持ちになったらやりたいとは思っている。面白そうだし。

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